過去と現代の日本政治に共通する考え方

Aurora Borealis

 

 

COVID-19によって突如、毎日が不自由な生活に変わり、人々の疲れが出始めた初夏から夏頃に、「戦時中みたい」という言葉がぽつぽつと、あちらこちらから出てきているのを聞いていました。

自分でも時折ふっとそう感じることがあったり、“死と隣り合わせの戦いであることはどこか重なるところがあっても、戦争は武器を使用した人為的なもので、それによって引き起こされる人間の尊厳の剥奪と、睡眠不足と飢えに加えての疫病蔓延なので、今とは比べようもないほど当時の方がひどい”と思ったりしながらも、伊都に、今と当時を比べてどうかを、聞くこともありました。

ただ、表立ってこの話題を取り上げることはありませんでした。

未知のウイルスが現れた当初に大事だと思っていたのは、何が起こっているかを見つけて積み上げる、科学的な視点と論理的な作業で、例えを使うことによって浮かび上がる連想は、今は生活に加えられない方がいいと思っていたからです。

 

パンデミックは、そのときに権力を持っていたものをひっくり返すくらいの、インパクトがある出来事になるうることが、歴史からわかっています。

パンデミックが起こって時間が経つにつれて、様々な構造の問題に焦点が当たるようになり、その中で日本学術会議のメンバーを任命拒否できる根拠を問う視点と、その存在意義の深化を問う視点も出てきました。

 

最近は、歴史の観点から考えることが増えています。

それも、2015年のように戦争に向かっていくんじゃないか、という恐怖心の方向からではなくて、戦争終結後に、日本政府や軍上層部の証言によってわかってきた、どんな考え方が当時の日本に横たわっていたのかを、見つめるという方向からです。

極東国際軍事裁判の証言や、軍上層部の証言を聞いていると、現在、国民の多くの意見とぶつかる政策において、現代の日本政府と共通する考え方が出てくることに驚かされます。

国民の努力に寄りかかっている姿勢。
国民という立場と、政府という立場の違いを区別できない姿勢。
立場が上と認識する者に対しては、盲目的に信じてついていき、立場が下と認識する者の意見は、聞かない姿勢。
うまくいかないことからは自ら立ち去り、追い詰められたら、相手が悪いと攻撃する姿勢。
国民の協力を得たいときは、感情的な言葉を使って情に訴え、困っている人には、法律や規則や予算によって受け付けられないという姿勢。
自分の中では矛盾していないと思っている言動でも、対外的に説明しようすると、そのときに、はたと自分の矛盾に気づくのか、周りの状況による理由の説明に終始して、自らの意思や考えに関する答えになかなかたどり着かず、それでは質問に対する答えになっていない、と指摘される姿勢。

 

パンデミックが起こって政府も少しずつ変わってきていると思うし、政府の大臣の中でも、この人の言うことはすっと入ってくることが多いな、と思うこともあります。

国民も政府任せにできずに、政策に敏感になってきて、何がいつどのように決められていて、将来にどのように影響するのかを見ていると思います。

そうした中、日本学術会議の問題で総理が「日本学術会議のメンバーは特定の大学に偏っている。若い研究者や地方の大学からも出てきてほしい」と言っていたのは、一見聞こえのいい言葉ですが、では自民党総裁選での政府や自民党内での動きはどうなのか、という疑問が出てきますし、そもそもその言葉の裏には、自分の意思が国民の意思だと同一視していて、総理大臣という立場と、国民という立場の違いが区別できていないのではないか、あらゆる決定に自分の意思(イコール、国民の意思と思っていて)を反映させる権利があると思っているのではないか。

「日本学術会議のメンバーは、国家予算が10億つく国家公務員になるから、総理大臣が前例を破って内容を見る」というのも聞こえのいい言葉ですが、政治に学問(試行錯誤や検証の積み重ね、新たな関連の発見)を本当に活かそうと思えば、公的資金をもっと投じている国もあるし、自らの考えを理解してもらい国民に寄り添おうとするなら、「なぜ任命を除外することが日本にとっての総合的な活動につながると考えるのか」、「どうしてここが前例を破るポイントになるのか」という自身の考えとその背景にも触れられるはずで、周囲の状況の説明に終わらないはずではないか、と答弁を聴きながら思っています。

 

進めようとしている政策の内容については、いいなと思うものもあります。

だけど、政策のもっと下の層にある考え方に疑問を持っていると、どんな風に進めようとしているのだろうか、本当は何を意図しているのだろうか、何か裏があるのではないかというところから考えを始めなければならず、素直に受け取れません。

 

パンデミックの中でも動き続けた仕事の一つに、政治も入るのかもしれません。

上では総理の発言を挙げていますが、こうした過去と現代の政府に共通する考え方は、脈々と続いてきた土壌やシステムの中だけでなく、政治に関わる一人一人の内面にもあるはずです。

問題により精細に気づいているから、より繊細な対策が立てられるわけで、それにまつわるまだ気づいていない何かは何なのでしょう。

そこを捉えたら、どんな未来のシステムへとつながるのでしょうか。

 

 

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